「背中の記憶」2015年7月15日 長島有里枝

 イメージ 1写真家のエッセイですが、その描写力にもすごいものがありますが、作者の
記憶力もすごいです。三歳半に弟が生まれた時のことまでくっきりと描かれているばかりでなく、幼い頃の光景から悪夢の内容や複雑な感情まで記憶されていて、その記憶を美化も露悪もせず、ひたすら客観的にとらえて、そこに的確な言葉を加えています。そのような十歳までの自分の記憶をこれほど鮮明に呼び戻せた理由を、筆者は自分自身が身近に子供と生活している環境だったとしか思えないと言っています。
 印象的だったお話は、筆者の祖母の家を整理していた時、たくさんの網目プリントの写真が出てきます。その中に庭の入口のバラのアーチの写真が三枚出てきて、それぞれが一日ごとに撮られており、バラの咲き始めから満開までを順に写した写真だとわかりました。咲き始めから満開までたった三日しかかかっていない、それは十カ月かけて徐々に膨らんだお腹からたったの二日程度で完成した人間が生まれてきた、あの出産の時の驚きに似ていたそうです。庭という小さな楽園で毎日目にしていた無言の生命力に祖母が心を打たれ、憧れ、自分が感じたものを永遠に傍に置きたいと思っていただろうと想像できます。彼女が大切にした庭には、これこそ本当の豊かさだと感じることができる、生き生きとした命が溢れていたので、写真は、筆者がその本当の意味を理解する大人になる日を待っていたかのようだと締めくくっています。