「生半可な学者」1996年3月25日 柴田元幸ブログ

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東大の先生にしてアメリカ小説の名翻訳家のよる知的で愉快なエッセイです。
名訳詞家の堀内敬三氏による、「私の青空」の一節に、有名な、「狭いながらも楽しいわが家、愛の日影のさすところ、恋しい家こそ、私の青空」という歌詞があります。しかし、原作者ジョージ・ホワイティングの原詞は、
You’ll see a smiling face a fireplace,a cozyroom.
 A little nest that’s nestled where theroses bloom.
 Just Molie and me And Baby makes three.
We’re happy in my blue heaven.
それを直訳すると、「バラの咲く小さな巣、モリーと僕、それに赤ん坊の三人、僕らは幸福、私の青空」なのだそうです。伝えることのできる情報量が少ない日本語の歌詞にするにおいて、原詞のエッセンスを巧みに抽出している堀内氏の上手さにはあらためて敬服してしまうと言います。
 岩田一男氏の名著「英語に強くなる本」は歴史に残るベストセラーですが、その中に次のようなエピソードが載っています。ある日本人がロンドンの地下鉄でウエスト・ケンジントンまでの切符を買おうとしました。しかし、いくら地名を言ってもちっとも通じません。とうとう頭に来て、 「上杉謙信」と叫んだら、あっさりと通じたそうです。また、“仁美”と言う名前の筆者の知り合いの女性は、最初の音節のHを強く発音すると、Hit me!”となってしまい、それを避けて真ん中を強く読むと“キトーミ”とか“シトーミ”になってしまいます。ならば、He told me”と発音するのが、もっとも合っているそうです。
 洒落た漫画を添えたおとぎ話のパロディで知られるジェームズ・サーバーの「赤ずきん」のリメークでは、先回りした狼がお祖母さんを平らげ、ベッドに入って待っているところ、赤ずきんちゃんは、いくらナイトキャップを被ってカモフラージュしようが明らかに体形などが違うので、ベッドを見るや否や、それが狼であることを見抜きます。そしてバスケットから自動拳銃を取り出して狼を射殺してしまいます。「今日女の子をだますのも楽じゃない」という教訓ですが、90年代の今日ではこれでもリアリティに欠きます。何せ近頃の子供は、「王様は裸だ」なんて野暮に指摘したりはせず、「なんて素敵なお召し物だろう」と大人たちが言っていれば、「そうだね、綺麗だね」と表で口を合せて陰でせせら笑うのが今時の子供ではなかろうか。90年代版赤ずきんちゃんの最もリアリティがあるのは、コラムニストのラッセル・ベーカーによる現代訳で、「昔ある時点において、赤ずきんちゃんという名の小柄な人物が、面積不明の森の中に居住する高齢者の祖母のために食料品を準備し、宅配、輸送する計画を発案しました。」このベーカー版でも二人は助かりますが、結果、狼とお祖母さんは胃腸障害の迅速にして適切なる除去例としてテレビCMに出演することになるということです。