「ヨーロッパぶらりぶらり」1994年9月21日 山下清

イメージ 1裸の大将の目に映ったヨーロッパはどのようなものだったでしょうか。美しい細密画と訥々とした文章で綴られるほのぼの紀行です。
 ヨーロッパへの飛行機の中で、キャビンアテンダントに対して、「おばさん、おばさん、この飛行機はジェット機で、普通の飛行機よりずっと早いので、ときどきかじを下に向けないと地球の外に飛び出しやしませんか。」と聞くと、そばの人が「飛行機にはどれくらいの高さを飛んでいるか測る機械があって、操縦士はいつでもそれを見ているから地球の外に飛び出してしまう心配はありません。それにこの女の人はまだ二十歳くらいでおばさんではありません。」と言うので、「ねえさん、ねえさん、それではそうじゅう士はたまには高さをはかる機かいを見るのをわすれて、地球の外にとびだしかけたことはありませんか?」と聞くと、「皆さんの命を預かって運転するのが商売ですから、そんな心配はありません。安心してお休み下さい。」と言うので、便所へいってねることにした。
ヨーロッパをはじめて空からみたら、畠がたくさんあってたんぼがさっぱり見えないので、ドイツの人はあんまりごはんをたべないのだろうと思った。空からみたハンブルクの建物は、屋根が赤くて日本の家の屋根よりずっときれいだった。
ゴッホが生きているときは絵がさっぱり売れなかったので、いまになっていくら絵が高くうれても、かいた人はちっともとくをしない。ゴッホは絵をかくのがすきだったので、びんぼうしても絵をたくさん書いたので、すきでもきらいでもないが、ほかになにもできないので絵ばかりかいている人は、絵がすこしでもお金になれば仕事をしていることになる。ほかにすることのない人がかいている絵が、お金にならなければ仕事とはいえないので、なまけているのと同じになる。絵をかくことを仕事にしている人の絵は、その人が生きているうちにお金になったほうがいいと思った。
ヨーロッパ旅行して見るもの聞くものみんなカタカナの名前で覚えらず、しまいに混乱して、「先生、ぼくはヨーロッパに来てだんだん頭がへんになってきたようです。頭のよわい人ははじめて見るものをあんまり大急ぎで見てまわると、みんな忘れてしまうのかな。」と聞くと、「頭がおかしくなってきたように思うのは清だけではないよ。はじめて外国にきた人は生活や言葉がちがうので、みんな少しおかしくなるものだ。名前を覚えるよりも景色や建物をおぼえればいいんだ。」
テートギャラリーで山下清は自分のすきずきでさっさと見てしまって出口で待っていたら、皆がとてもゆっくり見ているので退屈した。「ここの入場料は先生が出してくれたので、ぼくはさっさと見てもそんをしなかったので、ほかの人は自分で入場料をはらったので、ゆっくり見たのでそんをしなかった。」
「清、清、どこを見ているんだ。ピラミッドはお前の後ろの方だよ。」と言われたが、どこにもゴッホのような墓がなく、南方植物の間からまるで山のような三角のものが見えた。これがピラミッドでとても人間の墓とは思えない。こんな墓に入れるのはゴジラキングコングだろうと思った。ぼくは珍しいヨーロッパやアフリカをみておもしろかったが、やっぱり日本がいちばん住みよいことがわかった。