「コスモポリタンズ」1994年12月5日モーム7著 瀧口直太郎訳

 1886年創刊のアメリカの月刊雑誌「コスモポリタイメージ 1ン」に掲載された作品で、1936年にまとめて刊行されたモームの短編小説集です。当時の雑誌の事情から左右見開き2ページに収まる長さに作られなければならなかった、いわばショートショートストーリーのはしりとでも言うべき作品です。その短い制約の中で、ともかくぜい肉をぎりぎりまでそぎ落とした上で、なおかつ貧弱な感じを読者に与えないようにしなければならない難しい仕事をモームは引き受けました。多くの作家が使う手のように、物語の最後に「落ち」、それもなるべくショッキングなものをモームもいくつかの短編で使っています。しかし、あまりにもそればかりになると新鮮味とパンチを失いかねません。読者はそれ以外の味も要求しますが、舌をしびれさすことはないが、それでいてじわじわと滲みて来る味、いつまでも頭のなかに後味が残るような模範的な作品です。読み終わった後で、「人生とはこんなものか」と実に陳腐な感想しか湧いてきませんが、それがずしりとした重みで読者に迫ってくる作品です。
 モームは諸国を放浪するのが好きな性質ですが、それは、遺跡を訪ねたり明媚な風光をめでるためでなく、人間というものを知るためだと言います。どんな遺跡を見てもなんだか退屈だし、いかに美しい風景でもすぐ飽き飽きとするからです。といっても、大統領や国王などのお偉方に会うためではなく、広い世の中には、思いもそめぬところでひょっくり出くわして、これはちょっと珍しいと眼を丸くするような人物に出くわすそうです。そのような人物は世界各地の思いがけないところに一人ぼっちで暮らしており、たいていの場合かなりな財産を持った人だそうです。
 デトロイトで成功していた弁護士は友人から聞いたイタリアのカプリ島にある地中海でも一番美しい風光明媚な景色の家を買いました。制止する友人たちを振り切って移住した彼は、その島でひたすら精神的な生活を送りますが、歴史上の事件を想い出させる遺跡が至る所にある島で歴史を書こうと思い立ちます。弁護士時代よりも精力的に揃えた膨大な蔵書を分析し、その題材をすっかり自分のものとし、さていよいよ著述に取り掛かることになったとたんに、彼は死んでしまいました。せっせと蓄積された膨大な知識は永遠に失われてしまったのです。彼は生きていた頃と同じように死んでからも全く無名な人間で終わりました。にもかかわらず、モームは彼の人生が成功であった、文句なしに完璧な姿であったと言います。彼は自分のしたいことをして、決勝点を眼の前に望みながら死んだのです。そして、目的が達成された時の幻滅の悲哀など味わわずにすんだのです。
 英国から他のどこにも行ったことのない医師がモームの下を訪ねてきて、今の医師業は成功しているが、この明けてもくれても同じことを死ぬまで続けていくことについてうんざりしていて、これでは生きていく甲斐がないと思っている。なんとなくスペインが好きなので移住したいと思っている。スペインは陽当たりがいいし、酒はうまいし、色彩は明るいし、空気だって尾も言い切り吸えるでしょう。妻も乗り気なので、移住してそこで開業して見込みがあるかどうか教えて欲しいと助言を求めてきたのです。それに対して、一生に関わることだから自分で決めるしかない。ただ、カネを儲けようなどと思わないで、どうにか食っていけさえすればいいという気持ちならいってごらんなさい。きっと愉快な生活ができますよとアドバイスしました。それから15年以上たった後でたまたまスペインで再会したその医師は、「スペインへいくと食うだけ稼ぐのがやっとかもしれないが、きっとすばらしく愉快な生活ができるだろう」と言ってくれましたが、全くその通りでしたよ。一緒に来た妻はほどなく別れて英国に帰ってしまい、貧乏に変わりはないけれど、現地の美しい女性と再婚して、しごく愉快にやっていますと近況を伝えたのでした。
 あるほんの平凡なイタリアの漁夫が、戦争に駆り出されたり、せっかく故郷に戻れても許婚に振られたり、それでも文句も言わずに真面目に働いて、決して美しいといえないような年上の女性と結婚したり、何一つとしてこの世で持ち合わせていないという男でした。しかし彼は、人間の持つことのできる性質のうちで、もっとも珍しく、もっとも貴重で、かつもっとも美しい一つの性質だけを持っていたのです。なぜこの男が、私たちの予想を裏切って、実に不思議にもそういう性質を持つようになったのか、それは神様だけが知っていることなのです。それは善良さ、ただの善良さなのです。