「失敗の本質」

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 企業経営者や管理職はほとんどの人が読んでいる本です。太平洋戦争の敗因を感情論ではなく、科学的に分析したもので、これは現在の日本の組織にまだしつこく残っている問題として捉えなければならない面があります。昭和14年の日ソ間に起きたノモンハン事件から始まり、第二次大戦中のミッドウェイ、ガダルカナルインパール、レイテ、沖縄での6つの負け戦に表出した日本軍の組織的特性を明らかにしています。

  以下に代表的な日本軍の特質をあげると、

・結局、日本軍は6つの作戦のすべてにおいて、作戦目的に関する全軍的一致を確立することに失敗し、いくつかの陸海共同作戦も往々にして両者の妥協による両論併記的折衷案が採用されることが多かった。

・主観的な戦略策定の特質が見られる。個々の戦闘でも「戦機まさに熟せり」「決死任務を遂行し、聖旨に添うべし」「神明の加護」「能否を超越し国運を賭して断行すべし」などの、抽象的かつ空文虚字の作文には、それを具体的方法にまで詰めるという方法論がまったく見られず、事実を正確かつ冷静に直視するしつけを持たない。

・日本軍の欠陥は、作戦計画が仮に間違っていた場合に、これをただちに立て直す心構えが全くなかったことで、状況変化に適応できなかったのは、組織の中に論理的な議論ができる制度と風土がなかったことに大きな原因がある。

・理論を尊重し、学習を重視した米軍に対して、ガダルカナルでは日露戦争以来の一斉突撃を繰り返し、物事を科学的、客観的にみるという基本姿勢が決定的に欠けていた。自由闊達な議論が許されずに情報が共有されず、教条的な戦術しかとり得ないために同一パターンの作戦を繰り返して敗北するというプロセスが多い。

・教育内容については、海軍兵学校では理数系科目が重視され、成績によって序列が決まった。陸軍士官学校では理数よりも戦術を中心とした軍務重視型の教育が行われ、行動力のある者は成績が良く、陸士の成績よりも陸大の成績がその後の昇進を規定した。陸大では記憶力、データ処理、文書作成能力に長けるなどの事務官僚として優れていることが評価され、実務的な陸軍の将校と、理数系に強い海軍の将校が、大東亜戦争のリーダー群として輩出された。このような画一化された教育での成績が昇進を左右したので、如何に要領よく整理・記憶するかがキャリア形成のポイントとなる。このような教育でしつけられた行動様式は、戦闘が平時の訓練のように決まったシナリオで展開していく場合には良いが、いつ不測の事態が起きるかわからないような不確実性の高い状況下で独自の判断を迫られるようになってくると、十分に機能しなくなるであろう。

・日本軍最大の失敗の本質は、特定の戦略原型に徹底的に適応し過ぎて学習棄却ができず、自己革新能力を失ってしまったことである。

・戦後の日本にとって財閥解体と一部のトップマネジメントの追放は最大の革新で、これまでの伝統的な経営層が一層も二層もいなくなり、官僚制の破壊と組織内民主化が著しく進展した。そして、日本軍の最も優れていた下士官や兵のバイタリティが湧き上がるような組織が誕生したのである。公職追放によって突如抜擢された若手経営者が革新をもたらしたのだが、新しい自由競争下の企業経営の経験に乏しかったために彼らの軍隊における経験が活用されることとなり、率先垂範の精神や一致団結の行動規範という日本軍のいい意味の特質を継承することとなった。

日本企業の戦略は、論理的・演繹的な米国企業の戦略策定に対して、帰納的戦略策定を得意とするオペレーション志向である。この長所は、環境変化が継続的に発生している状況では強みを発揮する。日本企業は大きなブレイクスルーを生み出すことよりも、一つのアイデアの洗練に適している。日本企業の長所は以下で、

①下位の組織単位の自律的な環境対応が可能になる。

②定型化されない曖昧情報をうまく伝達・処理できる。

③組織の末端の学習を活性化させ、現場における知識や経験の蓄積を促進し、情報感度を高める。

④集団あるいは組織の価値観によって、人々を内発的に動機づけ、大きな心理的エネルギーを引き出すことができる。

しかしながら戦略については、

①明確な戦略概念に乏しい。

急激な構造科的変化への適応が難しい、
③大きなブレイクスルーを生み出すことが難しい。
組織については、

①団間の統合の負荷が大きい、

意思決定に長い時間を要する、
集団思考による異端の排除が起こる、などの欠点を有している。
 高度情報化や業種破壊、海外での生産・販売拠点の本格的展開など、我々の得意とする体験的学習だけでは予測のつかない環境の構造的変化が起こりつつある今日、戦略と組織の変革が求められている。さらに、戦後の革新的であった企業経営者も、ほぼ40年を経た今では年老いて、戦前の日本軍同様に長老体制が定着しつつあるのではなかろうか。日本軍同様、過去の成功体験が上部構造に固定化し、学習棄却ができにくい組織になりつつあるのではないだろうか。日本企業組織も、新たな環境変化に対応するために、自己革新力を創造できるかどうかが問われているのである。