「アフリカポレポレ」岩合日出子

 イメージ 1動物写真家で有名な岩合光昭氏(ずぶ濡れのチータの親子や、シマウマを狩るライオン、ヌーの大移動など、動物写真史に残るような傑作を撮った写真家)が、アフリカタンザニアにヌーの大移動の写真を撮りに行くときに、奥さんと子供さんが一緒について行き、しばらくアフリカに暮らしたときの話で、光昭さんの側から描いたものではなく、夫を毎日送り出して家を守り、子供を育てる妻、日出子さんの側からの記録です。 
 タンザニアでは、万事が「ポレポレ(スワヒリ語でゆっくり)」進む。働き過ぎては体が持たない、急いだところで何になる、まあ明日にしようじゃないか、ということらしいです。奥さんが、水も食料も不便なアフリカで、苦労して生活基盤を築いていく具体的な過程もおもしろいですが、この物語の主役は、いつも“ひよちゃん”というぬいぐるみを抱えている四歳の娘の薫ちゃんです。シマウマの子供の死骸を見て、持って帰って自分の子馬にしてかわいがると言います。死んで見捨てられたものなら、自分の子馬にしてもかまわないだろうと考えるのです。しかし、死んだ子馬はもう子馬ではなく、「もの」なので、どんどん腐って、そのうちに草原に転がっているような骨になってしまうので、持って帰れません。それでも薫はかわいがるの?とお母さんが聞くと、「どうしてモノには命がないの?」と、質問攻めで返してきます。残していく子馬を振り返りながら車に戻り、走り出す車の中で、薫ちゃんは一人でつぶやいています。「シマウマの子供は死んでいます。死ぬと・・・。骨になります。そして土になります。それが・・・。自然の決まりです・・・。」自然の摂理を柔らかな感受性で受け止めていく、薫ちゃんの言葉が素晴らしい!マサイ族の人たちとの交流も面白い。NHKはこの物語をBSドラマにしました。岩合光昭さんが岸谷五郎、日出子さん役が薬師丸ひろ子、娘の薫ちゃん役は、先日の陸王若い女子工員役で出ていた吉谷彩子さんが、まだ幼い時に演じていました。そして、これはフィクションですが、現地で自然の摂理を教える役として故いかりや長介さんが動物医師として出演していました。いかりやさんもアフリカが大好きで、よく旅行番組で放送されていました。そのドラマのエンディングで、アフリカを後にする薬師丸ひろ子が、「アフリカの水を飲んだ者はまたアフリカに帰ってくる」とのマサイ族のことわざに対して、なぜか懐かしいこの大地、そう、アフリカは全人類共通のふるさとなのだ、と締めくくっています。
私も32歳の時にキリマンジャロに登りました。そのときにタンザニアのコテージにも滞在し、サバンナのたくさんの動物にも会いました。僅かな経験ですが、アフリカの大地で太陽に照らされているとなぜか懐かしい気分に包まれるのです。時間が止まったような感じ、幼い頃の記憶を思い出したときに、騒がしい音が消えて懐かしい情景が蘇る、そんな感覚なのでしょうか。四歳という年齢でアフリカの大地を経験した薫ちゃんは、今はそれをどう思っているのでしょうか。