イギリス人はおかしい―日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔

20171211 イギリス人はおかしい 高尾慶子
スコッチウィスキーに始まり、シャーロックホームズ、ディケンズ、ジェフリーアーチャーなどの勧善懲悪文学など、なんとなくイギリス好きになってしまっている私が、モームの次に読もうと手に取ったのは林望先生の「イギリスはおいしい」でした。しかし残念ながら、飲めない先生が酒飲みを徹底的に攻撃しているのに嫌気が差しました。それでも懲りずに次に読み始めたのは、これも本屋でたまたま手に取った「イギリス人はおかしい!」高尾慶子著です。イメージ 1
副題は「日本人ハウスキーパーが見た階級社会の素顔」で、1970年代のイギリスの英国病と言われた生の様子を以下のように記述しています。物事をいろんな角度から見たり考えたりしないといけないと教えられました。
「ドイツから爆撃を受けたロンドンの被害は、連合国から破壊したドイツや、真珠湾の何百倍ものお返しをされた広島や長崎に比べたら物の数じゃない。それどころか日本は、東京も大阪も名古屋も神戸もドイツの都市と同じくらい灰にされてしまった。それなのにドイツや日本に比べて粗悪なストッキングや、トイレで硬い茶色の紙を使っている英国のこの貧しさは何なのだろう。バスや列車はもちろんのこと、郵便局、銀行、デパートや映画館のトイレ、スーパー、劇場のチケット売り場でもイギリス人は長い長い行列を当たり前のように並んで待つ。
病院にいたっては最悪で、かかりつけ医の紹介がないと診てもらえないし、予約しても2,3ヶ月先しか取れないのは普通のことで、救急車もすぐには来ない。英国の社会福祉は二十年前よりも良くなっていないどころか、ますます悪くなっているので、この国で病気になったり年を取ることは恐怖ものである。ただし金持ちは別で、アメリカンスタイルの近代的病院でいい待遇の治療や看護を受けられることになっている。サッチャーは「社会主義は敵だ」と公言したが、社会主義そのものが悪いのではなくて、その内容と質が問題だということを彼女はわかっていなかった。他の政策と同じように十年もの在任中に思い切って改革してしまえばよかったのに、彼女にはそんな根性も意志もなかった。彼女は労働者階級なんか大嫌いだからである。英国は年々後戻りし、いまやヨーロッパの国々の中で社会機能的には一番遅れている。いつからこの国はこうなったのか?私が思うには、ビートルズの髭面とドラッグの時代がそもそもの始まりだった。英国の階級意識に反抗して、イングリッシュジェントルマンスタイルから、長髪、髭面、ジーンズが自由の象徴となり、ヒッピーが珍しくなくなったあの頃からだ。ドラッグの勢いに乗ってジョン・ノレンは言いたいことを言って世界中の若者を煽った。ヒッピーの教祖のようになり(オウム真理教に似ているように思う)、世界中の若者たちはその後に続いて、お布施代わりにレコードを買わされ、やかましい音楽とドラッグで洗脳されて、それまでの既成のモラルをかなぐり捨てて長髪で闊歩した。かくいう私もビートルズ世代で、25年も前にこの国に来てしまったが、マインドコントロールが解けた今、かつてのヒッピーの子どもたちはホームレスに、国を顧みないで浮かれていたサイケデリックな国家の国民はEC中の取り残された人々となって、今日も寒風の中、来ないバスをひたすら列を作って待ち続けている。日本から来たビジネスマンは英国を住みやすいとのたまうが、会社によって快適な家や生活環境が保障されているからにすぎず、一般的な庶民と隔絶した暮らしをしているから実態を知らないのだ。銀行では長い行列、動きの鈍い銀行員が客を前に置いて仲間とお喋りしながらお金の勘定をし、それを注意でもしようなら逆にくってかかる彼らの厚かましさ・・・。デパートでは商品知識のない店員が、何を聞いても「I dont know.」を繰り返し、町に出ればあっちを向いてもこっちを向いてもゲイだらけ。1972年当時、それでも私はまだこの国は日本より先進国だと思っていた。地下鉄の自動改札、歩道橋は電機で動く歩道で、最先端のデパートを見て驚いた。しかしそれから10年経った1980年代には、電気仕掛けの歩く歩道は自分の足で昇り降りしなければならないただの歩道橋へと原始的に逆戻りし、地下鉄のリフトもエスカレーターも故障したりよく止まっていたりしている。それでも従業員は給料の値上げを要求するばかりで、義務や誇りはまったくない。
日本は、敗戦によって、そしてマッカーサーによって天皇は国の象徴となり、華族制度は解体されてしまった。しかし、アメリカが真の民主主義国家でないこともマッカーサー自身がよく承知していたに違いない。本来、アメリカは移民の国である。本国で食えなかった人々や虐げられた人々が新天地を目指してやって来て作り上げた国のはずである。しかし、彼らは本国でされてきたのと同じ扱いを後から来た者にした。また、白人は有色人種にそのような扱いをした。ヨーロッパから受け継がれた階級意識は現在のアメリカに歴然と残っている。現在、地球上で真の意味の民主主義国家は日本だけであろう。天皇を戴いても、私たちの君主は英国のように余計な口を挟んだりなさらず、いつも控えめに公務に従事しておられる。そして、日本に金持ちと貧乏はいても、基本的には平等である。また、この地球上で、雇用主と使用人が敵対していない国は日本ぐらいであろう。日本人の大半は職場を辞めたいときも会社の都合や時期を考慮するし、大半の雇い主も使用人の首を切ることに躊躇する。しかし、欧米では会社の利益、あるいは持ち主の利益を優先し、労働者を鼻をかむチリ紙かハンカチぐらいにしか考えていない。雇用主に愛されていないと知っている労働者は、気に入らないとただちにストライキをする。辞めたければその日にすぐ辞める。マッカーサーが日本でやってくれた農地改革や階級制度の破壊を英国でもやってくれていたら、今日このようなひどい経済没落国にならずに済んだに違いない。」
この本の中で旧日本陸軍による英国人捕虜への残虐行為について「クワイ河の捕虜と日本人通訳」については、旧日本軍関係者から抗議の手紙が届いたそうだ。捕虜への残虐な扱いをしたのは連合国側も同じで、筆者が一方的に英国側の被害を支持しているのではないかという不満である。それは筆者も知っているし、英国人の意気地の無さや狡猾さ、子どもっぽさは誰よりも身をもって知っている。しかし、この国の人の考える誇りや正義は日本人のもととかなり違う。彼らはキリスト教だと言いながら、復讐を禁じた教えではなく、罪を犯せば罰を与え、やられたら仕返すという、好むところはユダヤ教と同じ哲学で、仏教のような慈悲や情け、羞恥心とは異なった哲学を持っている。そのような彼等が小さい有色人種の捕虜になった屈辱が理解できるだろうか。イギリスは先の大戦アメリカの参戦で原爆を落としてくれてやっと解放され、勝者と名乗ることができた。東の端の猿のおかげで植民地は次々と独立していき、植民地の上がりを失うと経済の栄光は音を立てて崩れていった。それなのにかつての敗者は世界一の金持ちになっている。悔しい!何とかあいつらから金を巻き上げられないか?そうだ、捕虜に対する賠償金を取ればいいではないか。だから国を挙げて大声で「日本人は残酷だった、酷い目に合わされた!金くれぇ!」と。もし英国がアメリカ並みに豊かな国になっていたらこのように叫ばなかったであろう。もっと悠然と構えて、敗者である日本を見下し続けていたであろう。筆者が書きたかったのは、日本の沈黙である。ドイツは不当な断罪には抗議しているし、日本のようにされるがままに従ってはいない。連合国側の断罪に対する不満があるのであれば、なぜそれをもっと主張してこなかったのか?中国やソ連と仲良くするそぶりをしてアメリカを威嚇してもよかったのではないか?日本が英国に油断して、今日のように激しく金を出せと要求すると予想もしなかったのは、まだ英国を紳士と淑女の国と考えているからで、そもそもこの国が七つの海を支配できたのは盗賊だったからだとは考えなかったのである。これが日本人の無邪気さから来る不幸である。沈黙していれば、いずれ嵐の叫びも収まるというのは日本人の勝手想像と期待である。もっと早く手当てをしておくことが大事だったが、戦後、吉田茂以外の国際社会をわきまえた政治家が生まれなかったこともこの国の不幸である。日本人は一丸となって国際世論に日本の汚名を拭うために訴え、問いかけていかねばならない問題だと思う。これば今日にも続いている。」