酒飲みの自己弁護

 酒呑みの自己弁護 山口瞳
イメージ 1ウイスキーに水入れて飲むほど貧乏しちぁいねぇ!」 これほど気持ちいい酒呑みはございません。バブルの頃に東京大手町で長らく勤めていた際、知人のお坊さんから紹介された本で、バーによく連れて行ってもらいながら洋酒の飲み方を学んだものです。バブル全盛期には、支店長に銀座に連れて行かれ、狭いフロアに座って30分で3万円みたいな経験もしましたが、なんか違うなと思ってました。お坊さんとは自腹で飲みに行くので、当然懐具合と相談して、すこしでも美味しい店、酒がうまく感じるバーに行ってました。高いバーでも、その金額に相応しい雰囲気であれば納得しました。そんな呑み方を山口瞳氏はこの本で教えてくれます。バブルで考え方がおかしくなった日本人への警鐘にも聞こえます。特に気に入った部分は以下の下りです。
「ウィスキーはストレートで飲もうではないか。医者も健康上の理由で水割りを勧めることもあるが、チェーサー(追い水)を飲めばそれほどの差があるとは思えない。水割りなんか飲むから女どもに馬鹿にされるし、バーテンダーにはウィスキーの量をごまかされる。私は、酒場で水割りですかと聞かれたときには「酒を水で割って飲むほど貧乏しちゃいねえや」と叫ぶことにしている。強い酒は強い度数で飲むほうがうまいに決まっており、水割りがうまいと思うのは錯覚であるに過ぎない。本来、強い酒の強い味と香りを楽しむべきものを薄めてしまうという考えが私にはどうしても納得がいかない。ウィスキー工場の研究室では、ストレートによる味を吟味しているのである。ストレートで飲んでもらいたいために十年も二十年も樽を寝かせているのである。どうしてもストレートが飲めない人はハイボールをオーダーしてください。簡単なものほど難しく、バーテンダーの腕の見せ所だと信じて疑わない。」
「酒の味はどこへ行ったって同じですよといわれると、私は何ともいえぬ違和感を感じる。ストレートであっても、その店の雰囲気によって、グラスによって、オツマミによって味が変わってくると考える。日本酒でも同様であって、同じ菊正の樽をつかっていても、呑み屋によって味が違うと考えている。」
「時にはカクテルをオーダーしよう。私はジンベースが好きであるが、特にマルチニとギムレットを好む。ドライ・マルチニを好む者は、ドライであることを競う傾向がある。ヘミングウェイの「河を渡って木立のなかへ」の主人公の大佐は、ジン15ベルモット1の比率のマルチニを飲んで出撃したという。普通は31あたりが常識となっていて、ドライエストマルチニと言われるものは71ぐらいだろう。イメージ 2東京の外国人記者クラブで、ある年に倉庫を掃除すると165本のジンと5本のベルモットの空瓶が発見されたという。これだと331になる。「先生のお気に入り」という古い映画では、二日酔の友人を訪ねる場面でドライ・マルチニをつくるが、まずベルモットの瓶を逆さにして振り、そのコルク栓でもってカクテルグラスの縁を拭く。そこへジンを注いで出来上がりというわけだが、おそらくこういう所でアメリカの顧客はどっと笑うのだろう。チャーチルベルモットの瓶を横目で睨んでジンのストレートを飲むという笑い話もあった。」
 また、山藤章二氏のイラストが面白いです。酒呑みの気持ちをわかってくれないことをボヤく山口氏に対して、酒が飲めない人の気持ちを書いたこのようなイラストで効果的に山口氏にちゃちゃを入れて笑わせます。