「子供より古書が大事と思いたい」鹿島茂

  イメージ 1マニアックな古書の話かと思いましたが、たいへんおもしろい本でした。
パリの得難い本を送ってくる古書店から届いたカタログには、オーギュスト・ルペール挿絵入りのユイスマンス「さかしま」(1903年)が載っており、価格は75千フラン、邦貨にして200万円弱。「愛書家百人協会」のために130部限定出版されたベル・エポック期最高の挿絵本の一つに数えられる、コレクターなら死ぬまでに一度は手にしてみたいと願う超豪華本です。この本は仮綴でも最低五万フラン、一流の装幀家の手になるものだと二十万フラン(500万円)はするもので、これはかなり安いものです。筆者は思わず注文のFAXのボタンを押しかけますが、このように買ってきた古書の代金は銀行借入です。よくもまあ借りまくったものだと筆者自身感心しますが、同時に、いくら土地と家を担保にしたとしても、安月給の大学教師にこれだけの金を貸し込んだ銀行もどうかしていると言います。バブルが去ってみれば、まさに狂気の沙汰だったと言いようがないとも。しかし、今回だけは何としても金を作らねば「さかしま」を手に入れる千載一遇のチャンスをみすみす取り逃がしてしまう、買うも地獄、買わぬも地獄なら、いっそ買う地獄の方を選んだほうがいい。銀行借り入れのハードルでブレーキをかけたものの、サラ金でも暴力金融でも何でもいいと思い直して買い注文を入れたところ、間一髪で売却済みとなっていました。ああ、よかった。ほっとした。とりあえずは、破産→一家離散→ホームレスの運命は回避されたのです。買えなくて嬉しがるのも変だと、初めから注文出さなければいいのではないかと思うでしょうが、オリンピックのように、参加しないよりも、参加して敗れる方が、やるだけやったのだという爽やかさが残るのです。このようにフランス古書コレクターの狂気の様子が面白おかしく書かれています。