2000年3月31日~4月4日「スイス旅行」②シャモニー編

2000331日~44日「スイス旅行」②シャモニー(計226,659円)
331日(金)チューリヒKRONEHOTEL
6:00起床
7:00ホテル発ビール6.40SF
駅の自動両替機でスイスフラン89.4SFをフランスフラン35.0FRへ両替できる。
7:34チューリヒ駅発駅で国外~シャモニー切符購入できる
7:50検札が来た。いろんな夢を見たり、いろんなことが気になったりして複雑な気分であるけれども、辞めた金融機関の人が何を騒ごうが基本的にはもう関係ない。昨晩も先輩職員に文句を言う夢を見た。最後だから言いたいことを言って暗い気持ちのまま終わってしまった。でも、もう難波も高松も高山も基本的には関係ない。もう何も気にする必要がないのだ。自分の進む道だけを見ていればいいのだ。どんどん真っ逆さまのような不安もあるけれど、ここはやってしまったからには先に進むしかない。先に進みつつ、軌道修正するしかない。しかし、昨日、今日と、よく考えれば夢に見ていたヨーロッパ鉄道の旅を十分こなしているのだ。チューリヒ駅にはシュトットガルトやミュンヘン、ミラノ、ルツェルンなどへの豪華な列車が勢揃いしていた。それを今は自由に乗りこなしているのだ。窓の外には広々とした緑の牧草地と絵本のような民家が点々としている。春を迎えてキリン草のような黄色い花の付いた木が民家の庭を彩っている。大らかな黄色い水仙のようなものも植えていた。整然とした街並み、もう街中に雪はない。列車の快適な乗り心地はやはりヨーロッパならではだ。2等でも十分な快適さだ。広くて座り心地が良く、列車の振動も小さい。まるでサロンだ。しかし、物価やホテル、お土産の品ぞろえを考えたら、昔行ったハンガリーチェコが良かった。次回はトーマスクックの時刻表と地球の歩き方、そしてユーレイルパスを持ってヨーロッパ中を旅してみたい。この列車はものすごく長い編成で、2等へはずいぶん先まで歩かねばならなかった。
9:20今、立花隆の「農協」を読破した。農協は全国のコンピューターシステムを統合して、需給調整などの効率的なシステムを導入して農業の情報武装化、情報社会化を進めている。日本中で間伐材が放置されているのなら、日本中の林業や木材生産者をネットワーク化していけばもっと安く提供できるようにはならないか。各地域ごとにそれぞれの材木を使うにせよ、それをもっとネットワーク化して全国規模にすれば、そしてボランティア組織とも連動すれば、遅れた林業を合理化し、消費者にもっと受け入れられるようになるのではなかろうか。そして、それらのネットワーク化した組織を使って本当の世界的な林業保護に貢献し、一部の行儀の悪い業者を締め出すことはできないか。これからのテーマは環境が大きなポイントになる。それに合う社会システムづくりが必要であろう。それらの実態をもっともっと勉強してみたい。そうだ。私の夢は木工知識を持って海外に出たいことだ。そのためにも勉強するのだ。基礎的な技術はもちろんのことだが、大工や職人としては食べていけないので、学問的な知識を身につけて世界に出て何か仕事をしたいのだ。その夢に向かって歩めるようにしていこう。
  今車窓には広い広い緑の丘陵が広がり、はるかかなたに白い雪をいただいたアルプスの山々が聳えている。右手には緑の地平線の上には真っ青な空のみで、そう、北海道と同じような風景だ。ただ、アルプスの山々の鋭い尖り方が北海道とは違う。夏のような緑の絨毯の向こうに、真っ白く凍りついた岩峰が聳えている。これは非日常の風景なのかもしれない。しかし、このような太陽がポカポカとあたるのんびりした風景の中で、いい空気と水を食べて暮らしてみたい。
9:55Lausanne乗り換え
10:48Martighy乗り換え
10:52モンブラン急行に乗車する。とても綺麗な全展望型の2両編成。驚くような急斜面をすぐに登りだして行く。スイスに来て何度も思うが、よくまあこんなところに鉄道を作ったものだ。日本なら立山黒部アルペンルートをすべて鉄道にしているイメージだ。
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11:45LeChatelardFrontiere
国境の駅はとても簡素なものであっけない。到着予定の12:16が過ぎても列車は進んでいる。ボケーっとしていると、何だか人がザワザワしている駅があり、鉄道員が乗り込んできた。わけわからんなあと思いつつ相変わらずボケーっとしていたら、列車はまた発車して検札に来るが、切符を見たとたんにシャモニーは後方だと言われる。身振りで分かり慌てて降りる。きつねにつままれたような気分で何もない駅に降り、まずここがどこなのか知ろうと駅の掲示板のTimeTableで探すと、シャモニーの次の駅だった。次の電車まで12:23から13:16まで50分も来ない。一駅だから近いのではないかと思って反対方向に歩いて戻る。途中で本当は真っすぐ行けばいいものを、標識に従って右に折れた。スキー客がたくさんいる。そして、針のように尖った山に沿って歩いて行くと、いきなりロープウェイのところに着いた。エギーユミディへのロープウェイだった。そこからはガイド図どおりにインフォメーションを探して歩いて行くが、バスステーションがわからない。賑やかな町をウロウロしてもインフォメーションがわからず、バスステーションもわからないので、駅を目指した。駅までも賑やかな通りだったが、駅にも何もなかった。地図もパンフレットもなくて困ったが、インフォメーションの位置をまた確かめて先ほどのシャモニバスのところに戻って行く。ようやくインフォメーションがわかったが、14時まで閉まっている。バス小屋らしきところの女性にジュネーヴ行きのバスを聞いたところ、駅の方だと言われる。切符は駅で買うそうだ。
イメージ 212:40メインストリートのクレディリヨネでVISAカードで簡単に現金が引き出せた。1000FR16,000円くらい  カメラ用富士フィルム3650FR
13:00インフォメーションが開くまで昼飯をゆっくり食べようと思い、すぐ近くのメインストリートの中華「雪国」で、チンジャオロースとシンプルなエビチャーハンだった広東風焼飯、ハイネケンビール2本を注文する。137FR
14:00インフォメーションで300FRくらいのホテルを教えてもらう。
14:20HotelPointeIsabelle(駅前)綺麗なホテルで、朝食付きで350FRと税金だ。2泊分を申し込んだ。2泊で750FRくらいを予想したが、実際は708FRであった。
イメージ 3ビール6本ケース17.25FR、オレンジ38.70FR
アルパイン美術館20FR
一度ホテルに買物を持ちかえる。テレビでNHKが日本語放送をやっていたのにはびっくりした。
イメージ 418:40町を一周したけれども、レストランは19時以降の開店で待ち切れず、結局、最初にのぞいたロープウェイ前の夕方も営業してる安そうなブラッスリーに入って、ステーキと赤ワインを注文した。93FRやはり一人だときちんとしたレストランには入りにくい。今更ながら時々ふと一人の不自由さを実感すると、その侘びしさがひしひしと体にしみてくるのだ。なんか夢ばっかり見ていてストレスはあるんだろうけれども、全く別の世界にいるからどうも実感に乏しい。さて、安ワインと超デカサイズの皿に盛られた焦げ過ぎの薄い肉、めちゃくちゃたくさんのフライドポテト、嬉しかったのはサラダ菜がフレンチソースのサラダでこれは良かった。
20:05テレビで「あすか」を放送している。最終回のひとつ前の分だ。こんなところで見られるとは思ってもみなかった。その後は藤田まこと小林幸子が共演している二人のビックショーで、菅井きん名和宏がゲスト出演して必殺仕事人を舞台で演じた。しかしこのホテルは駅前だし、とても便利な上、シングルルームは広く、バス、トイレ付でとてもいい。フロントの女性も親切で、ジュネーヴ行きのバスを心配してくれる。しかもテレビはCNNだけでなくNHKの衛星放送が見られる。取っても快適だ。これで16000円なら、ジュネーヴ95SF6700円よりもずっとお値打ちだ。町もツェルマットよりずっとレストランやお土産物屋が多くて退屈しない。ただ、ツェルマットのホテル群もログハウスに囲まれて雰囲気が良く、景色は想像を絶するほど美しく荘厳だった。でも、シャモニーも賑やかでいい。都会からバスで1時間半で来られるからこれほど賑わっているのかもしれない。明日の山が楽しみだ。どうぞ晴れて欲しい。
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41日(土)
7:00起床、日本のNHK12時のニュースが5時間遅れで放送されている。北海道有珠山の噴火と、自由党の再度の離党の動きが伝えられている。そのあと週間ニュースが流れて、8時半からは連続テレビ小説「あすか」の最終回が放映された。いろいろあったけれども、新しい青森という場所に皆に見送られながら旅立って一件落着という内容だ。私も今は一人でいるから余計に骨身にしみて家族や仲間の大切さを痛感する。あいにく今朝は昨晩からの雪でとても天気が悪い。喫茶店巡りでもしながら一日いろいろ考えて過ごそう。日頃の行いが悪いから、なかなか山は姿を見せてはくれないのだろう。当たり前のことでわかってはいるが、なかなか思うように行動できない。「あすか」もいい仲間に囲まれているが、私もいい家族や仲間に恵まれている。だからあとは自分自身の問題でしかない。勇気を持って前に進もうではないか。これだけ好き勝手やっているのだからもう失うものはないし、自分で責任をきっちり取ることだけが課題である。
8:50朝食
9:40町を散策する。スネルスポーツ店で、ドイツ語のようにやたら物事をはっきりと大きな声で話す日本人店員に「こんにちは!」と怒ったような顔で声をかけられ、一瞬たじろいでしまう。「何かお探しですか?」と聞かれて、とっさに目出帽のことを言うと、まずは布製の所に連れて行かれる。これじゃなくてフリースと言うと、ドイツ軍のような早足で今度は2階のフロアに連れていかれ、TheNorthFaceの黒のフリース製目出帽を出される。一連の強圧的な流れに逆らうすべもなく、値段も聞かずにそれでいいと言ってしまう。だけど170FRとすごく高いがもう後の祭りだ。言葉も未熟なバカな日本人だからと思われたような被害妄想を抱いてしまう。でも、一応モンブランのガイドのことを聞くと、知りたいことをたくさん教えてくれた。7月下旬から8月中旬までの時期は混み、その後の8月下旬までは比較的空いているそうだ。しかし、その時期には雪が融けて岩が落ちやすいのでガイドが嫌がるそうだ。だから7月初旬の雪のある時がいいようだが、どちらにせよシーズン中は予約しておかねばならない。欧州も素泊りは5000円~7000円で、日本と同じ相場だ。あと3000円位つければそこそこ豪華な食事付にできるので、一日に必要な滞在費は8000円~1万円くらいだ。スネルスポーツの後は、モンブランのガイド本を買うために本屋を探す。記憶の片隅にあった本屋は、通りを二往復しても見つからない。しかし、一番ロープウェイ寄りに小さな売店のような本屋を見つける。入ってみると、写真集などがある。けっこう時間をかけていろいろ見るが、本格的なマップと写真の付いた本があったが、220FRとすごく高い。店員は他の客と話しているので話せない。プレーボーイなどの卑猥な雑誌が海外でどうかと興味があり、店員が空くのを待つ。そうしてそのモンブラン写真集の山頂のところだけが欲しい、クライミングガイドブックでもっと安いものはないか聞くと、大きめの手帳サイズのものを渡される。フランス語ではわけわからないから英語で書かれているかどうか確かめて、100FRで購入した。その後は、ロープウェイの方へウィンドウショッピングする。途中に真面目で頑固そうなおじいさんの小奇麗な店に張ったりもするが、きれいな音のする鈴以外に目ぼしいものがなくて出る。次にスポーツ用品のバーゲンショップのような店を見つけて入る。ザックがどれも安くてさんざん迷う。40Lくらいのシンプルなものが150FR200FRで、日本円で20003000円だ。ロゴにモンブランの字が入っているものが気に入るが、それで決まらずにそれからがたいへんで、65Lの大きなものもいい感じで捨てがたい。しかし大きなものはもう既に持っているので中クラスの1~2泊用を探す。いろいろ迷う。どう見ても40L45Lの収納の大きさがずいぶん違う。しかし、黒い40Lの方がデザインがいい。結局、いろいろ触りまくったし、黒くてデザインもいい40Lのザックを190FR買う。これなら小登山にも使えるだろう。
イメージ 612:2013:10ランチ「LEMONCHU85Fコースと49F白ワイン
コースは、サラダ菜のフレンチドレッシング、白い美味しいソースのかかったサーモン、手のひらサイズのデカ焼プリン、デミサイズの濃いコーヒー(フルボトルのワインで酔った分、よりすっきりする濃さだった)合計150FR
13:10食事を終えて外に出ると、東の空が青く見えて晴れてきた。駅前ホテルからすこし先の右にある売店で、玄関用呼び出し用に設置するニワトリデザインのベルを60FR購入する。そこで店員に聞いてみると、今日は青空が広がっているけれど頂上を見るのは難しそうだと言う。明日の朝に期待するか。とにかくもう少し様子を見て、15時以降晴れそうなら考えることにした。
13:30ホテルの部屋に戻ると、NHKの衛星放送で土曜昼の仁鶴の法律相談を放送している。これも人気番組なのだろう。午前中、ザックが安いのでさんざん迷って黒色のシャモニ・モンブランの字の入った格好いいデザインのものを購入したが、ホテルに帰ると、日本から持ってきた軽いザックと高さが一緒で、しまったと一瞬後悔する。でも、中にいろいろと荷物を入れていくと2倍くらい収納がありホッとする。私の持ってきたロイヤルホームセンターで買った紺のAlpin2020Lだったのだ。これは40Lだし、とてもいいデザインで気に入った。
14:00快晴になりロープウェイに乗る。往復200FR
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14:30エギーユミディ頂上駅
イメージ 9    3800mのエギーユミディへロープウェイで登る。
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イメージ 18  快晴で、雲ははるか下になる。モンブランが真近に見えている。
イメージ 19  すごい、凄い!こんなに晴れてくれるとは思ってもみなかった。凄い!感動した。本当に来て良かった。
イメージ 20  ほんとうにすごい景色だ。まさか行いの悪い私をモンブランが姿を見せて歓迎してくれるとは思いもしなかった。風邪は耳を切るように冷たい。でも凄い。いつか真近に見えるあの頂上に立ってみたい。ただ、ここから見ると、このエギーユミディからモンブラン頂上へのルートは、ナイフブリッジのような尾根の連続で険しそうだ。やはりテートルースからのノーマルルートでないと登れないようだ。高山病で頭がクラクラ、ズキズキしてきた。万年筆のインクの出も悪くなる。スイス人のあらゆる所に登山電車を建設して無謀だけど、これを作ったフランス人もとっても無謀だ。こんな急な岩肌を登り、とっても重いワイヤロープをよく担ぎ上げたものだ。さらに岩をくり抜いてよくこんなロープウェイの駅を作ったものだ。さすがにここは富士山よりも標高が高いので頭がクラクラ、ズキズキしている。これでツェルマットやシャモニーにはもう思い残すことがなくなった。ここへ来て急に天気が良くなりモンブランの歓迎を受けたようで、本当に良かった。
15:20頂上のカフェテラス(3865m)カフェ16FR
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イメージ 21    本当に信じられないくらいいい天気になった。朝にはどんよりとしていて、冷たく暗い雪が舞っていた。とても今日はダメで、明日にかけようと覚悟していたが、こんなに素晴らし天気に恵まれて泣きたくなるほど嬉しい。記念にカフェテリアの売店で何か買うことにした。いろいろ迷う。木のペンと木のペン入れが150FR、ここでこそモンブラン万年筆(Mサイズが1050FR)を買うか、でも結局、実用のためフリースの手袋を170FRで購入するちょうど麓のスポーツショップ100FRのものがあったけれども、サイズが合わなくて断念したところだ。高いけれどもちょうどいいのがあるので記念に買った。
イメージ 2316:00下山の途につく。日本だともうロープウェイの終わりの時間だと思うが、まだまだたくさんのスキーヤーが登ってくる。これから登って、3860mから1035mへ、標高差2830mを一気にスキーで降りて行くのだろうか。3時間くらいで降りられるのだろうか。とにかくびっくりだ。下に降りると、登りのロープウェイは15:45で終了していた。麓は雲が覆っていて寒い。本当に上に登ってみないとわからないものだ。
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17:00ホテルに戻る。帰る途中で昼のワインボトル3分の2飲んだのが効いているのか、何となくハイな気分になり、道すがらショップに寄りながらいろいろ見る。近くのスポーツ店でもブランドのザックも見てみるが、どれも400500FRで高い。やはりあそこのザックは安かった。ホテル近くの駅前通りの先の交差点にある土産物屋で、先に見て気になっていた岩登りの記念碑85FRシャモニーのベル13FRを買う。そして向かいのストアでビール26.8FRを買って、フランスフランの小銭をほとんど使い果たした。
17:00ホテルのフロントに戻り、明朝7:00発のジュネーヴ行きのバスに乗ることを伝えたら、朝食を6:30に早めてくれることになった。明日は6時に起きて、そのまま荷物を持って階下に降り、急いで朝食をいただいて出発しよう。ホテルの2日分の会計を済ませる。708FR15700円と安かった。ジュネーヴホテルの予約代170SF
18:00風呂に入ってすっきりする。
19:00やっと荷物が片付いた。やっぱり黒のシャモニーモンブラン銘のザックはたくさん収納できる。ずいぶん迷ったけれども買って良かった。
20:00ようやくサンデースポーツが終わる。セリーグは昨日から開幕しているが、巨人が上原、ガルベスで広島に2連敗した。阪神も横浜に2連敗した。パリーグは今日から開幕だ。西武×日本ハムダイエー×ロッテはどちらも大乱戦で、松坂、黒木が打たれるが、西武はサヨナラ勝ちし、ロッテはあと一歩まで追い上げたが届かずだ。オリックスイチローが打てなかったが、小林が久し振りの復活で近鉄重量打線を完封した。今また「あすか」の最終回が放送され始める。テーマ曲は何度聞いてもオーボエのやわらかくて懐かしいいい曲だ。ちょうど“あすか”が旅立つシーンとなる。とても風景が優しく感じるのは、私の心が追い込まれて余裕がないためかもしれない。村上ショージが「明日香村忘れたらあかんでぇ!」と叫ぶ。漫才コンビのドンドコドン(一人は山口ぐッさん)が地元の人役であすかを見送る。「とってもいい天気や。幸先ええでぇ!」と。ナレーションが「皆様にもやさしう、おもしろうて、いい21世紀が訪れますように~、続きはまたいつか!」で終わる。どうもそこにいると、その土地の良さに気がつかないのであろう。テレビ小説で見る明日香村は、緑鮮やかだったり、夕暮れが美しかったり、蓮華が清廉であったり、こんな風景の中で過ごしてみたい。
20:30まだ西の空はわずかに白く明るい。夜が暮れるのがとても遅いのだ。今までストレスで飲んでばかり、心も体も余裕がなかった。しかし、この旅も終わりに近づいてきて奇跡的に輝くモンブランが見られて本当に感動した。そして、なぜかとてもくつろいだ気分、ホッとした気分、優しい気持ち、今までの悩みを気にしないでいいような、本当にやさしい、リラックスした気持ちになれた。今までの行いの悪さを毎日夢に見た。なぜか熟睡できず、毎日いろんな人の出てくる夢を見た。あれだけ飲めば当たり前か。将来に不安を抱えたままでシャモニーに来た。しかし、期待していた今朝は真っ暗な雲の下で雪が舞っていて、今日は間違いなくモンブランは見られないだろうと諦めていた。でも神様は、こんなバカな私に幸運をもたらしてくれた。輝くモンブランが私の中に残っていたもやもやを一気に吹き飛ばしてくれた。日本に帰ってからは余計なことを考えず、体面も気にせず、思いっきり仕事に挑戦していこう。

42日(日)
6:00起床、
6:30朝食、居室ミニバーハイネケン222SF支払い。
7:00シャモニー170FR
8:30ジュネーヴバスターミナル
CD100SFR引き出す。
9:00ホテルSt-Gervaisチェックインシャワーなし70SFR
   早朝に到着してしまったので、今フロントでホテルの部屋の整理を待っている。今晩が日曜日だからとはいえ、早い時間に入れば泊まるところは簡単に見つけられそうだ。
10:20ホテルを出る。
イメージ 2711:20ラート美術歴史博物館5SFR
   いきなりロダンの考える人がある。思ったよりも小さい像だ。人間の上半身の大きさしかない。モネやシスレーの絵があるが、いまいち下手に見えてしまう。ルノアールセザンヌシスレーも色彩がどうも暗く見える。ただモネの雪景色の街を描いたものは白だけの雪なのに、いろんな太陽の光での色をつけていて味わいがある。ジャコメッティも近くで見ると筆遣いが大ざっぱでどうもイマイチに感じた。一方、HODLERの山の絵は水色をきれいに使い湖や山なみ、空を描き分けている。ユングフラウの絵が二つある。印象派の展示室が終わると知らない絵ばかりになるが、歴史を遡って行くとようやくラファエロに出会える。回る順番が逆だったのだ。さらに進むと刀剣などがうんざりするほど展示されていた。
12:00自然歴史博物館は無料で、動物のはく製がずらりと展示されている。その次の時計博物館も無料だが、こじんまりした所だった。ガイドブックに載っていたレストランを探したが、どこも日曜のせいか閉まっていて、結局駅まで戻り、残った40FSF9.3SFRに両替する。残りは36.3SFRだ。
13:40駅の裏側のレストランに入る。コース32SFRとビール26SFRで合計38SF支払う。
イメージ 28     3時間半歩き続けたのでとても疲れた。結局ジュネーヴにはたいして見るものがないことがわかる。日曜だというのに旧市街は人もまばらで、レストランはことごとく閉まっている。日曜は家にいて教会とかに通うからなのであろうか。ジュネーヴもあまり見所がないから、あれだけ無茶してアルプスの山岳にケーブルや登山電車を通して観光立国にしたスイスは凄い。最も売り物になるところ、みんなが見る価値があるものに特化して、そこへ集中投資して信じられない場所までケーブルカーやロープウェイを建設している。おまけにオフシーズンの冬はとんでもないようなところからスキーで下れるようにしている。エギーユミディはフランスだけれども、そこからの下りは2030kmの距離があるらしい。凄い。美術館もいろいろと見たけれど、それぞれが有名なものを抱えてはいるが、日本の展覧会のはしごで十分なような内容に感じた。まあしかし、このジュネーヴという町にも困ったものだ。ここを一日かけてゆっくり巡ろうとしたけれども、たいしたことなくてしんどい思いだけ残った。美術館も博物館も確かに展示量が凄いのだが、どうも時間を忘れるほど夢中になれるものでもなかった。天気はすごくいいし、もう一日モンブランを眺めたい気もしたけれども、先へ進んだものは仕方がない。ラート美術館でインターネットを利用して持ち株を見たら暴落していた。モンブランはあんなに輝いた姿を見せてくれたのに、これからの先行きは何の関係もなかったのであろうか。とにかく今日は疲れた。寝不足ということもあるけれど、とにかく疲れた。日曜で休みになっている街をうろついても仕方がない。今日は大人しくホテルに帰って休むことにしようか。もう外をブラブラしてお茶やビールを飲むような気力が出ない。長かったような、そうでもなかったかのようなスイスの休日が今日で終わる。また日常に戻っていくが、これからどうなるのであろうか。
駅でハイネケンビール411.60SF
マクドナルドでフィッシュバーガーとナゲット9.90SF
イメージ 2915:40ホテルに戻る。あーぁ疲れた。ずーっとウトウトした。
22:0022:10いきなり花火が上がってバチバチとうるさい。日曜の遅い時間なのに変わった街だ。ホテルもいやに建てつけが悪く、隣りや上の階の足音がすべて響いてうるさいし、窓も閉めているのに外の交通や花火の音がまる聞こえだ。駅に近いとはいえ、安いなりの理由がある。ジュネーヴにはホテルに恵まれなかった。チューリヒもここよりはましだけれど、やはり良くはなかった。やっぱり田舎の方が広くて静かで快適だ。しかし、何だか知らんがめちゃくちゃ疲れて、16時から22時まで6時間も眠ってしまう。睡眠不足だけじゃないだろう。やはり、ただでさえ疲れている上に、3時間半も歩き続けたからそれなりの反動が出たのだろう。
23:20夜半22時過ぎの花火に起こされて目が覚め、ビール2本呑みながら1時間かけて荷物を整理した。今回の旅では着替え2日分と下着1日分が多過ぎて不要だったことと、持参した薬もほとんど使わなかったので多過ぎた。しかし、それ以外は余計なものを一切持ってこなかったので、まあよく荷物を絞った旅にできたと思う。荷物を整理している時に、持ってきた通信教育のパンフレットを再び見た。京都造形美術大学では中学高校の美術教諭の資格も取れる上、建築デザインコースでは一級建築士の資格、ランドスケープデザインコースは造園施工の検定を受けることができる。費用は初年度3040万円だ。一般教諭の教育免許不足科目を取るのであれば仏教大学があり、ここでは仏教学もしくは仏教文化を先行することができる。そして、仏教大学では何と20万円位の学費で済む。高山の職業訓練校で建築実習するとともに、建築士や造園施工管理士、教員免許も通信教育で取れたらいいと思う。
 
43日(月)
0:14風呂を水浸しにして絨毯を濡らしてしまった。
3:30咳が止まらず目が覚める。ヘンな夢を見た。私が天皇家の三女と結婚するという、あり得ない話だが、ひょっとして離婚した企業経営者の娘のことを想い出しているのかもしれない。夢でも当然まわりからさんざん反対される。しかしながら、私は本人のハートをなぜかしっかり掴んでいて絶対的な信頼を得ている。一見とんでもない低い身分の私だけど、本質はめちゃくちゃいい人間であるということを、天皇夫妻も皇太子も、その他近親者すべてが理解してくれていて、取り巻きの長老や従僕、そしてハナの高そうな貴族連中が圧倒的に嫌味を言って反対するという夢なのだ。うちの家族も、母や姉はとことん理解を示して助けてくれるのだが、いつも意地悪そうなおばさんや遠巻き連中が批判的にみているというのだ。結局いろいろあって婚約は取りやめることになったようだが、それは私の意思による辞退だ。私自身の本心はどうかというと、実は彼女に心底惚れているというのではないが、淡々と彼女の立場に理解を示しているだけで、好きというより、嫌いでもない。決して立場を利用しようというものでもなく、逆に面倒な立場に立っていろいろとややこしい仕事をしなければならないことや、公人として煩いくらい行動を監視されることを面倒臭く思っている。彼女のためにそれも我慢しようかという、情けない成り行き任せのかんじだ。しかし、結局自分の意思で身を引いたという設定になっている。あまりの周囲の反対に、あくまでも最後まであたたかく支持するつもりであった天皇夫妻は、その決断に対し今後も何らかの形で報いてくれるだろうという甘い期待で夢は終わっている。これはどういう潜在意識が現れたのであろうか。自分が特別の地位にありたい。しかし欲を前面に出すのではなく、控えめである。でも皆からはそれなりの扱いをしてもらいたいという、世間体ばかり気にしていることの現れだろうか。(今一斉に4時の鐘が鳴り始めた。近くの寺院から遠くの寺院まで一斉にだ。大都市だというのにいまだにこのベルを叩いているのだ。)もしこの夢がそのような潜在願望であれば思いあがりもはなはだしい。何の実力もないのに他力の幸運だけで世間のみんなに尊敬されたいというのであるから。そのような安易な逆玉ではなく、自分の実力で生きていかねばならない。自分を特別な存在だと思わないように、地に足をつけて、夢ばかり期待せず生きねばならない。打算ではなく、世間体でもなく、本当に自ら愛せる人を見つけることが必要だ。こんなバカげた夢を見るようであれば、しかもそれが淡い願望として心の奥底に潜在しているのならば、ちょっと危険に思う。注意しよう。
7:20起床して朝食
7:50ホテル出発切符5SF、キーホルダー29.2SF
8:22ジュネーヴ空港
   アップルティー0.6SFで購入して小銭はちょうどゼロになった。
8:50ルフトハンザ航空カウンターでチェックイン
9:10出国手続き、パスポート提示だけで簡単だ。
   トラブルのせいか、ジュネーヴからの便が予定と違うウィングにつけたため、搭乗口がB43からA65の、めちゃめちゃ遠い所まで移動するハメになった。しょうがないのでどんどん歩いてモノレールに乗って行く。A65ゲートは一番端のため売店も何もない。一度戻ってDutyFreeShopに行く。ここにはラガヴーリンの普通(16年物)のが50SFR弱で日本と同じくらいの価格だ。ワンクラス上のものが87SFRだ。モンブランの万年筆は245DMDM=55円、14,00020,000円)ぐらいからある。これなら日本でよりも30%は安いかもしれない。ワインレッドで細字のものが欲しいなとも思ったが、もうすでに1本持っているので押しとどまった。今持っているものを大切に使うことにしよう。ラガヴーリンも誰にあげるでもないので止める。関西空港行きの便まであと30分だが、ゲート前にはみるみる日本人団体客が溢れてきてたいへんなことになってきた。帰りの便が煩かったら嫌だなあ。11時間も飛行時間があるので、どうかゆっくりくつろげる席であって欲しい。
10:10搭乗手続き
10:40ジュネーヴ空港発
12:00フランクフルト着
13:30
今回の旅行で先進国はもう自由に旅行できることがはっきりした。もう一歩踏み込めば、Barや細かい条件の設定、現地でのバスなどを自由に使えるようになりたい。そうしたいと思えば十分できる。しかし、食べ物はまだ困る。チーズフォンデュを出されても困るのだ。こちらは南欧料理、特にイタリアのパスタやサラダが好きなのだ。それと、次はウィーンや東欧の音楽やバロック調の豪華なホテルの旅や、ウィスキーをもっと知ってスコットランドの蒸留所巡りをし、日本では手に入らないような酒を楽しめるようなワンランク上の旅行をしてみたい。やはり音楽でもモルトウィスキーでも絵画でも、もっと深く知識がないと奥の深い旅行はできない。
 
44日(火)
8:05近鉄バス1,300
8:55上本町着ビールと新聞550
9:14近鉄480
9:30五位堂着