わが愛しのクリスティーン

わが愛しのクリスティーン               2003年4
先日、失業して数日暇になりましたので、思いきって1週間ほどスコットランドに行ってまいりました。ただ無計画に行き当たりばったりで、とりあえず知っているモルトウイスキーが多いアイラ島に行きました。ようやく島へ渡った最初の日に何にもない港(ポートアスカイグ)に遅い時間に着いたので、そこから15km程離れた目的地のボウモアへ向かうバスがなくなってしまいました。しかし、親切にもフェリーの女性係員がボウモアまで車で送ってくれました。彼女は50代のようでしたが、真っ白なスーツがビシッと決まってスリムなカッコイイ英国女性でした。車中では、アイラ島や当晩宿泊するB&Bについていろいろと教えてくれました。ボウモア蒸留所にはクリスティーンという女性がいて、日本に行って着物も着たことがあるくらいの日本通だから是非訪ねると良いとも言いました。クリスティーンという名前の響きと、サントリーがわざわざ招待して京都あたりで着物も着せ、かっこのいい白人女性が和服をまとって祇園を闊歩している姿を想像しました。そして南欧を感じさせる白い壁で統一された町ボウモアに相応しい、金髪のスラッとした英国美人をイメージし、訪問する日までにどんどん期待が膨らみました。私はボウモアを拠点として数日滞在し、毎日島内に散らばる蒸留所を訪問して試飲のただ酒を飲んでおりましたが、いよいよ最後の日にボウモア蒸留所を訪問することとなりました。滞在していた民宿の広場を挟んだ向かい側に蒸留所はあり、あこがれの女性に会える期待に期待を膨らまして雲の上を歩くように広場を横切りました。天気は快晴でしたがオフシーズンですので観光客は少なく、しかも夕方でしたから観光客は一人しかおらず、赤ら顔のビジターが出てくるのと入れ違いにディステラリーのショップに入りました。すると、待ち構えていたような甲高い声で「こんいちわ」スコットランド訛りの日本語で叫ぶ女性がおりました。ああ!愛しのクリスティーン!・・・そこには縦横がほぼ同じ幅で、かつらのようなおかっぱの黒髪の、しかもホッペが2個のりんごのように赤い津軽娘のような“おばはん”が、まるで日本人が来訪するのを、日露戦争日英同盟時から待ち構えていたようなありったけの身振りとデカイ声で歓迎してくれました。私もその歓待ブリに応えるべく「あなたは日本に行ったことがありますね。そして着物を着ましたね?」などと、知っている限りのことをしゃべってコミュニケーションを取ろうとしましたら、いきなり彼女ははにかみ、はちきれんばかりのボンレスハムのような体を両手でX字に隠すようにして振り向き「You know me too much!(私を知りすぎてるわ)」と叫びました。そのあとの彼女の歓待ブリは言うまでもありません。だだっぴろい試飲場でグラスを並べて、ある限りの種類のボウモア(といっても5種類)のボトルを出した後、私を残して陽気に他の場所に消えていきました。私は、一人でゆっくりとちびちび飲っていたのですが、相当時間がたっても誰も現れません。ついにしびれを切らしてレセプションに戻ると、彼女はすっかり私の存在を忘れていました。 ああ!愛しのクリスティーン!! 私の短くも楽しい、そしてちょっぴりせつないアイラ島の旅は終わりました。
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